日本の物価や賃金に転機が訪れている。昨年来のエネルギーや食品の値上がりが賃金に波及し、春季労使交渉(春闘)での賃上げ率は30年ぶりの高水準を記録した。長年続いた「デフレ」体質は変わり、物価と賃金が連動して上昇する好循環が生まれるのだろうか。3つのグラフィックと共に探る。
出所:総務省「消費者物価指数」総合
物価情勢の変化は段階を踏んできた。2021年は新型コロナ禍の物流網の混乱を受けて世界的に輸送費が上昇。22年に入るとウクライナ戦争を受けたエネルギー・原材料高、円安による輸入物価の上昇を背景に電気代や食料価格が大きく上がった。
22年12月の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)は前年同月比4.0%と41年ぶりの高さになった。コスト高によるここまでの物価高は第1段階と言える。
23年に入るとエネルギー価格の上昇は一服したものの、春闘で30年ぶりの高い賃上げが実現した。経営者側が生活苦に配慮したのに加え、少子化による人手不足も要因となった。従来、働き手の穴を埋めてきた女性や高齢者の労働参加も頭打ちとなり、賃金を上げないと労働力を確保しにくくなった。物価高は労働市場の変化にも引っ張られる第2段階に入った。
今後の物価を決める最大の要素は賃金だ。中小企業も含めて高い賃上げ率が24年以降も続くかが焦点になる。経営者の成長期待が強まるなら賃上げの拡大もあり得るが、環境が悪化すれば機運は薄れる。為替相場の動向も業績見通しを左右する。物価の行方は人々が経済に対して抱く「心理」にかかっている。
注:賃上げ率は春闘回答集計。23年のサービス価格上昇率は1〜5月の平均 出所:連合、総務省
中でも注目すべきは接客などサービス業の動向だ。モノの値段に比べて価格が上がりにくかったが、経済に占める比重は大きい。サービス価格の本格的な上昇は賃金に波及する可能性がある。海外経済の下振れで企業業績が落ち込むリスクには注意が必要だ。
インフレやデフレって何?
物価が大きく上昇するのがインフレ、持続的に下落するのがデフレだ。インフレになればためたお金の価値は下がり、預貯金や年金に頼る高齢者には特に打撃となる。一方デフレになれば会社の売り上げが落ちて給与も下がる。これから貯蓄をしようという若年世代への悪影響はとりわけ大きい。こうした問題を避けるため物価の安定は重要だ。
海外の物価はどうなっている?
資源高に加えて賃上げ機運も強まり、米欧では日本を上回る物価上昇が起きた。2022年に米消費者物価上昇率は一時、前年同月比9%台を記録。ユーロ圏も10%台を付けた。足元で物価高は鈍ってきており、米物価上昇率は3%に低下している。とはいえ、米連邦準備理事会(FRB)が掲げる2%の物価目標より1ポイント高い水準だ。
日銀はなぜ物価2%目指す?
物価の安定といえば変化率ゼロ%がよいと思うかもしれない。ところが物価の番人である中央銀行は、ややプラスの物価上昇率を目指す。物価下落が続くデフレに陥ると、中銀の政策手段である利下げの余地がなくなってしまうためだ。世界で多くの中銀がゼロを上回る2%を物価目標としており、日銀もそれにならっている。